A BEST
初めて買った浜崎あゆみのCDがこれでした。
2001年の紅白で聴いた「Dearest」が気に入りまして、彼女の他の曲も聴いてみようと思い、購入しました。
一曲目の「A Song for ××」でやられました。一気に心を鷲掴みにされました。
激しい曲調、悲しい歌詞。初めて聴いてこんなに印象に残った曲はありません。
他の曲も個性のある曲揃い・・・。大満足の一枚です。
ちなみに、一曲目の「A Song for ××」など数曲は、このアルバム制作に際して歌い直したものが収録されています。
「A Song 〜」は特に、オリジナル版よりも感情的に歌い上げているような印象を受けました。
第一印象のせいもあってか、私はこちらのバージョンのほうが好きです。
ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う ディレクターズ・カット 完全版 [DVD]
2010年の10月に公開され、ヨコハマ映画祭では主演の佐藤寛子がいきなり新人賞を獲得してしまった『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』のディレクターズ・カット版。どこがどのように変わったかはファンサイト「石井隆の世界」http://fun.femmefatale.jp/ にとても詳しいし、そちらの頁を参照するのがまずは間違いない。情報も正確だろうと思われる。佐藤寛子の出番がかなり増えているみたいなので、彼女のファンには垂涎の一枚でしょうね。
ところで、石井隆が過去の監督作品で“ディレクターズ・カット”を打出しているのは意外にも少ない、いや、少ないどころか『GONIN』の一作だけです。劇画時代の加筆に次ぐ加筆は有名な話ですが、映画に後から手を入れることってほとんど無い。近作の『人が人を愛することのどうしようもなさ』にしたってそう。発売されたDVDには喜多嶋舞の未公開シーンが呆然とするほど収録なっていましたが、それらは本編とキレイに分離された、あくまでも「映像特典」なのでした。
それぐらい石井は映画の編集に入魂している。鬼となって捨てるべきものは捨てる、そんな厳しさを秘めた“外柔内剛の人”と受け止めています。フィルム上を滔々と流れる人間模様の、微妙な間合いやあえかな呼吸、受け手に及ぼす生理的効果に敏感この上ないのです。作り手としてのこだわりと自信がワンフレームごとに溢れています。
『GONIN』については劇場公開版もディレクターズ・カット版(リアルエディションと謳っていました)もどちらも自分の作品であるし、共に自信作である旨の発言をどこかでされていましたが、(個人的な意見として)後者は情感も内実も詰まった怒涛の仕上がりになっていて、これ観ずして『GONIN』を今後語るなかれと言いたくもなる、そんな高層へと到達していました。一度世間に送り出した“完成品”に手を入れるというのは、石井にとって実にそういう事です。“追加”と「特典」との開きは天と地ほどもある。
今回のディレクターズ・カット版は石井監督の内部によほどの執心がなければ成立し得ない企画でありましょう。ですから、DVD購入を検討する場合は迷わずこちらを選ぶべきです。ヒロイン佐藤寛子の、と言うよりも物語の主人公“れん”の、19分間も追加されて面前に露わになるだろう伸びやかな肢体、緑の黒髪、明眸皓歯の面影、玉の肌に目がくらんで、その蔭でうごめくもの、つまりは漏れ出た言葉や不意打つ吐息、変幻自在の眼差しといった火花みたいな一瞬を、石井作品を愛する者ならば決して獲り逃してはならないし、きちんと向き合わねばならない。
片時も弛緩せずに凝視した先の、さらにその先に、『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』という物語と“れん”という少女の本質がいよいよ見えてくる可能性が高いと、そのように考えています。石井映画の“完全版”とはかくも意味深であるのだし、それと出逢えるのは僥倖だと思うんだけどなあ。目の保養にも絶対なるし、どうか一考ください。
35歳までに読むキャリア(しごとえらび)の教科書 就・転職の絶対原則を知る (ちくま新書)
新聞記者→コンサル→ニュースサイトで起業
そんなキャリアを築いた人の、キャリア指南書。
ゴールは、
自身の「能力」と「動機」を仕事を通じて見極め、
30代半ばにその二つが重なる仕事にありつくこと。
一見まっとうなキャリア論に思える。
ただ、随所に著者の思想が色濃くにじみ出ており、
ケーススタディも転職をした人ばかりで偏っている。
(同じ会社に勤め続けることで、キャリアを積み上げられた人もいるはず。
転職を繰り返したことで、キャリアを傷つけた人もいるはず)
「仕事がつまらなければ、人生はつまらない。」
「会社に依存することなく、労働市場での価値をあげるべし。」
この著者の考えから分かるように
仕事中心主義・個人主義の傾向が読み取れる。
もっと言えば「キャリア教」であり「仕事教」であり「自分教」だ。
別に異端ではない、むしろメジャー“だった”と思う。
しかし、このような教えに翻弄された人が
続出したのが2000年代だったのではないか。
(「会社教」の人は、もっと大変だったけどね。。。)
会社一筋・仕事一筋で生きるのは、競馬で一点買いするようなもの。
倒産・首切り・職種の地盤沈下が珍しくない時代だから、
他所でもやれる能力を磨く。
それもいいが、不測の事態に陥っても、
マインドのセーフティネットになるような分野
(家族、地域、交遊関係etc)を築く能力が
これからの時代をサバイブするための必須スキルだと思う。
キャリアのリスクは、仕事力で補えるが、
キャリアの不確実性は、仕事力でカバーし切ることは難しい。
ここ10年で私たちが得た教訓は
「アイデンティティや自己実現を、
会社はもちろん仕事に求めすぎないこと」ではないだろうか。
キャリアを考えるうえで、これ一冊で済ませるのはきっとアンバラス。
例えば、以下の本を読み合わせてみてはどうだろう。
「自分のキャリア観」のポジショニングが出来ると思う。
藤原和博著「35歳の教科書」
山本直人著「グッドキャリア」
稲泉連著 「仕事漂流」
城繁幸著 「アウトサイダーの時代」
東京兄妹 [VHS]
”こんな兄妹は存在しないよな。”と思いながら、”でもいたらいいのにな。”と思いつつ見ました。
粟田 麗のデビュー主演作で、最近はお母さん役や学校の先生などの落ち着いた役を主に演じていますが、このときの演技は、可憐で透明感がある演技ができて素敵だと感じました。
少女から大人の女性になりつつある姿を、出すぎずにまたさりげなく自然に演じていたのには感心しました。
恋人が死んで家に戻ってきて、翌朝の朝食を作っている表情は、元の家を出る前の表情に戻っていたけれど、多少大人の女性の表情になっていた方がよかった野ではないかと思いましたが・・・・・。
ただし、市川 準監督の最後の演出(緒形 直人演ずる兄が、一旦帰宅しまた振り返ってしまうシーン)は、何か意図があっての演出だとは思いますが、
考えてみれば、兄の行く(帰る)場所はあの家しかないし、新しい恋人ができている様子もないので、また、妹が帰ってきてから月日もかなり流れているので、なにか心にもやもやがあることも考えられない。
演出としてはいらない物だったんじゃなかったのかなと感じてます。
なんにしても、この映画は粟田 麗抜きでは成立しない映画だと思います。