一勝九敗 (新潮文庫)
「会社」とはもともと期限のあるもので、新しい事業の芽を出し続けない限り、賞味期限が切れたらそこでお終いだと著者は言います。最初にビジネスチャンスがあり、そこにヒト・モノ・カネの要素が集まり、会社組織という見えない形式を利用して経済活動が行われるだけのことであって、もし金儲けやビジネスチャンスがなくなれば、会社はそこで消滅するか、別の形態や方策を求めて変身して行かざるを得ない。
従い、企業が「拡大再生産」し続けるためには、常にビジネスチャンスを求めて、トライ&エラーを繰り返して行くことになります。しかし、一直線の成長はあり得ず、表題のように、十回やれば九回は失敗するのが実態だと著者は言います。その際、撤退におけるスピードが重要であり、また失敗に学び、リカバリーにおけるスピードが重要である、と。
本書では、著者がベンチャー経営者としてファーストリテイリングを立ち上げる半生を通じて得た経営の実感が語られます。その一つ一つが、事業の当たり前の真実として、大企業にいて、いつの間にか会社は実態があるかのような錯覚に陥り、その中で組織の論理が優先してしまっている私の心に新鮮に響きます。これは、どちらかと言うと、成長の過程で大企業の病に罹りかねないファーストリテイリングの従業員に向けた、創業者のメッセージですが、大企業で閉塞感を感じている我々にも、素朴に事業というものを見詰め直すきっかけを与えてくれる良書です。
この国を出よ
当書の価値は言及するまでもないが、気になる点が幾つかあるので敢えて星は1つ減らした。政治・経済・人材に触れた各所においてそれぞれ評価すべき点と批判的に見るべき点があると考える。当書の激励に全力で応えつつ、批判的な視点も忘れずに両巨人を超えてゆこうとする「蛮勇」こそ読者に求められている。
日本の財政が破綻必至であるとの指摘は正しい。「政治家は口先だけで何も実行していない」とする指摘も正しい。しかし最大のバラマキは子供手当などではなく年金と医療である。予算額を見れば明らかだ。積み立て、納税した額より多く貰おうとするから大赤字になるのだ。(北欧諸国は育児支援に多額の予算を投入して女性就労率を引き上げ、一人当たりGDPを高めている)
日本の経済界にもロールモデルが少ないとの指摘は鋭い。資産課税も現下の状況における最適解だ。しかし「日本の税率が高過ぎてやる気を失わせる」は単なる都市伝説である。オランダ・デンマーク・スウェーデン・オーストリアは日本より所得税・付加価値税ともに日本より重いが、一人当たりGDPはいずれも非常に高い。豪州も実は最高税率が高い。「重税で成長率低下」との仮説は実証研究で否定されている妄言だ。
平気で選挙干渉を行い、小学校の段階でエリート以外の人を切り捨てて教育するシンガポールの陰鬱な側面も忘れてはならない。富裕層を集める税制も、人口小国だからこそダイレクトに効果が出るのである。
単に2007年と2010年とを比較して「若者が海外に出て行こうとしない」と規定するのは間違いだ。歴史的に見て日本人は一気にギアチェンジして変貌する民族である。江戸時代の鎖国から開国へ至る過程を見れば明らかだ。人材はいないのではない。見えていないだけである。輝かしい成功例が出てくれば、ホリエモンの頃の俄起業家ブームと同じく続々と猫も杓子も海を渡ってゆくだろう。
尚、個人的な見解としては、ファーストリテイリングの後継者が見つからない理由は、事業内容の自由度が狭く経営幹部にとって魅力的でないためである(ソフトバンクやユーシンと比較すれば明らかだ)。社内で働くにはイケアの方が何十倍も面白そうだし、事業自体の輝きという点においてはクロスカンパニーの方が遥かに優っている。ファーストリテイリングは単競技に特化されたストイックな強者であるが、数字に現れる強さ以外の理念や哲学、社会をより向上させる多様な価値が見えてこない。つまり、人を惹き付ける力が弱いのだと思う。
『イケアの挑戦 創業者 イングヴァル・カンプラードは語る』
成功は一日で捨て去れ
確か放送作家の小山薫堂氏だったと思うが「海外へ行くのに、空港でその国が日本より寒いと思い当り、あわててユニクロで服を買い足した…ユニクロの服はカローラみたいなもの。」と卓見を述べていた。カローラは運転する面白みには欠けるかもしれないが、A地点からB地点に移動するのには何の不自由もない。それどころか、価格以上のクオリティを提供してくれる。「クルマってこれでいいじゃん」と思わせる、というのだ。
ユニクロも然り。海外のファストファッションのような流行には与しないが、日常のベーシックな服を価格以上のオーバースペックとも言えるクオリティで出してくる。そしてそれは年々向上している。
本書での柳井氏は「不況下でユニクロ一人勝ちと言われるが、そんなことはない。利益が何倍にもなったわけではない」「服飾業界は昔から不況と言われていた…それを他人のせいにしてはいけない」と謙虚かつ厳しい目を向けている。若い経営陣にバトンタッチしても、結局「育ちがいいのか…守りに入ってしまった」と社長に復帰。
全てが実践に基づいた経営論であり、買収の実際など、ドキュメンタリーのように詳細に語っている。成功だけではなく、野菜事業や初期の海外進出の失敗にも言及している。自慢話の多い経営者の自著には珍しく、非常に冷徹に会社を見ておられるのがわかる。「会社は誰のものか…日本で従業員もの、欧米では株主のもの、という経営者が多い。間違いである。お客様のものだ」など、いちいちごもっともなヒリヒリした経営論。