![]() スーパーツインDX 恋すれど廃盤大全集 |
平山三紀「真夏の出来事」、弘田三枝子「人形の家」、森山加代子「白い蝶のサンバ」というあたりは、まだご存知の方もおられると思います。 千賀かほる「真夜中のギター」、兼田みえこ「私もあなたと泣いていい?」、新谷のり子「フランシーヌの場合」という曲が並ぶと昭和40年代前半の時代を知っている人しか知らないと思います。あの時代を一世風靡したヒット曲でしたね。勿論、続編はヒットしなかったので、ほとんど人が忘れていった曲だと思います。 「歌は世につれ、世は歌につれ」と言いましたが、当時の時代の空気を感じさせるヒット曲ばかりを集めたアルバムでした。それも女性ポップスだけで、40曲収録してありますので、ファンならずとも聴いてみたい、と感じさせる企画のCDでした。 あの時代のポップスの作詞家と作曲家を見ていますと特定の人に偏っていますね。橋本淳作詞、筒美京平作曲というコンビで本当に沢山のヒット曲が生まれました。グループサウンズのタイガースのヒット曲もこのコンビから生まれていましたので、本当に守備範囲の広いお二人だとあらためて感心しました。 数年前「あの人は今」の番組で出演していたベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」を今聴いています。透明感のある女性のデュエットは珍しかったのでよく覚えています。ベッツィもクリスもその後ハワイに戻りお母さんになっていました。 懐かしい曲に囲まれて至福の時を過ごしています・・・・・。 |
![]() 青春のバイブル’60 |
懐かしのフォーク・ソングを聞いています。 丁度当方が、思春期の真っ只中の頃で、新しい音楽にはすぐに飛びついていた頃でした。 当時は「関西フォーク」が全盛でしたね。特に学生の街、京都が生んだ京都府立医大生の北山修、龍谷大学生の加藤和彦、同志社大学生のはしだのりひこという1970年代の音楽シーンを語るには、はずせないビックな3人が生み出したザ・フォーク・クルセダーズは、「フォーク」の原点とも言えるグループでした。 「帰って来たヨッパライ」という日本中の人がビックリした曲でプロデビューした彼らは、カレッジ・フォークというジャンルではなく、ナンセンス・ソングの歌い手として最初は認識されていました。「オラ~は死んじまっただ~」という人をくったようなふざけた歌詞とメロディでしたが、その特異性は過去に例がなく、見事に大ヒットしました。 その後、「悲しくてやりきれない」「イムジン河」などの名曲を作りましたが、突然解散しました。どれもメッセージ性に富んでおり、その美しいメロディラインは、当時の歌謡曲とは明らかにレベルが違っていましたね。 はしだのりひこは、フォークルの解散の翌1969年に杉田二郎も参加したシューベルツを結成し、あの「風」で再び音楽シーンに踊り出てきました。北山修作詞、はしだのりひこ作曲というコンビの生んだエバー・グリーンの輝きを持った名曲です。2番の歌詞を歌っていたベースの井上博は、スマートでルックスも良かったのですが、翌年不幸にも腎臓病で亡くなられました。 日本のフォーク・ソングが、爛熟した時代を代表する名曲の数々です。前奏を聞いただけで歌いだしが思い出せるほど耳にした曲ばかりですので、どの曲も聴いた瞬間あの時代にタイム・スリップします。我々の世代の「ナツメロ」なのでしょうね。 |
![]() この人に聞きたい青春時代〈2〉みなみらんぼう・新谷のり子・PANTA・はしだのりひこ |
みなみらんぼう、新谷のり子、PANTA、はしだのりひこ等発禁になった曲の人たちへのその曲を巡る時代とふりかえってのインタビューである。 この中でよく知っている人は、はしだのりひこで、ここだけ熱心に読んだ。 フォークルのイムジン河がCDで復刻しており興味深いものであったが、これらの人たちは、60~70年代の共産革命、ベトナム反戦等に才能のピークを得た人たちであり、時代を映す曲が公権力の力で発禁処分(性格には自粛)となった。はしだのりひこは、前進の京都の音楽シーンなどが語られておりおもしろい。 |
サルビアの花/Belle(ベル)
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