大和路・信濃路 (新潮文庫)
現在、全集が絶版となっている状況なので、新潮文庫から出ている六冊からなるこのシリーズが手っ取り早く堀の全貌に迫れる近道なのですが、なかでもこの「大和路・信濃路」は彼のエッセイが収められているので、一番素顔に迫れるような気がします。丁度、興味を持った小説と同時代に書かれたエッセイを読むのがいいでしょう。私も随分と参考にしました。
風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)
最近、堀辰雄の奥さんであった多恵子さん(健在、93歳)は、「風立ちぬ」のモデルで当時、堀が実際に想いを寄せていた矢野綾子について次のような話をされている。
矢野綾子が胸を患い、富士見のサナトリウムに入所するとき、堀は彼女の父親(矢野透)から「入所中の費用は当方で負担するから、娘・綾子と一緒に行ってやってもらえないだろうか」と頼まれていたとのこと。(当時は堀も軽症ではあったが結核を患っていた)そのために、当時は婚約するという方法が自然であったため、堀は頼まれたうえでの婚約という手段を選んだ・・・。
つまり、サナトリウムへの入所も婚約も堀から切り出したわけではなかったということになる。
もちろん堀が当時、彼女に恋愛感情を抱いていたことは、堀から綾子に宛てて出された手紙の内容からも間違いないものであるが、それでも綾子の家の希望で「入所のための婚約」をして、堀が付き添っていたということは、多恵子夫人との結婚が綾子の死(昭和10年12月)からわずか2年半後の昭和13年4月であったことからもかなり真実に近いものを感じる。
ちなみに、綾子は、亡くなる間際に「堀さんに良いお嫁さんを見つけてあげてください」と父、矢野透氏に遺言を残していったというから哀しい。
「風立ちぬ」は「リルケ」という言葉にしばしば結びつけられる。しかし、私にとってはそのような言葉などどうでもよかった。この話は「私」と節子という一人の女性とのはかなくも哀しい抒情詩なのである。「美しい村」と共にぜひ一度読んでいただきたい。
銀河鉄道の夜 (ぶんか社文庫)
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の全文に、田原田鶴子さんの挿絵が25ページ
ほど(小さい挿絵は数点まとめて1ページ相当と数えて)入っています。
田原さんの絵は、適度に写実的でありながら、同時に極めて幻想的です。
原作のイメージを全く損なっていません。
描かれる風景は、植生は日本の東北地方のものなのに、建物はヨーロッパ風の
石造りだったりして、それがまた良い具合に調和しています。
岩手の自然を愛し、その自然の中にヨーロッパ風の空想の国を創り上げた賢治も、
きっとこのようなイメージをもっていたのではないか、と思わされます。
画家が賢治の原作を深く愛し、熟読し、取材などの下調べも入念に行った上で
仕事に取りかかったことが良くわかります。
手抜き一切無し。プロフェッショナルの入魂の作品です。
造本も紙質もしっかりしてます。
小説本文は縦書きで、レイアウトも絵と本文がちゃんと分離していて、
読みやすいです。
何より拍手を送りたいのは、総ルビになっているところです。
これで読者の年齢層がぐっと広がって、小学校低学年から読めるようになります。
まあ、低学年では、たとえ読めたとしても、この話の内容を本当に理解するのは
難しいでしょうが・・・
それでも、若い読者を本物に触れさせるのは大切です。
これだけのクオリティでこの値段というのは、はっきり言って安すぎです。
入魂の仕事をされた田原さんと出版社の方に、心から敬意を表します。
出版社への提案ですが、中身を見られるようにしてはいかがでしょうか。
表紙の画像でも絵のすばらしさの一部は伝わるでしょうが、
中の挿絵をもう何点か見られるようにすれば、
この本の魅力がより一層伝わると思います。