![]() KAT‐TUNへ―赤西仁がやめた本当の理由 |
この本は 赤西仁がやめた理由がメインに書かれている訳ではありません。著者の体験を語る上でのプロローグとして 赤西仁の休業について触れています。それによると 赤西仁も他の辞めたJr.達と同じように ジャニー喜多川氏から少年期に受けた性的虐待が デビューを機にトラウマとなり精神的に堪えられなくなり辞めたということです。 内容のほとんどは 著者本人が ジャニーズJr.時代にジャニー喜多川氏から受けた性的虐待を赤裸々にリアルな描写で語られています。それはそれはおぞましい衝撃的な告白です。その点においては過去の暴露本の比ではありません。 所属ジャニタレ(たのきん〜SMAP)が 実名で登場し 当時のジャニーズ王城の内部が 実に詳しく書かれています。 今もなお ジャニー喜多川氏による性的虐待が続けられているであろうことが想像されます。事実であれば 許されることではありません。 ☆4にしたのは KAT-TUNと赤西仁の名前をタイトルに使えば 売れるとの 出版社の目論みが 見え隠れしているからです。 追記:赤西仁がKAT-TUNに復帰したことで この本の内容そのものの真実性が 疑わしいものになったと思います。 書かれていることが真実で 筆者の言うように 性的虐待がトラウマになって辞めたのなら 戻ってはこないでしょうからね〜 |
![]() 血の玉座――黒澤明と三船敏郎の映画世界 |
黒澤作品を、三船主演作16本から読み解くという、確かに一面的な視座に偏りを感じる面はあるが、逆にいえば三船主演作品(「赤ひげ」まで)こそが黒澤監督の全盛期だとすると、その全盛期の魅力の解題という意味で読めば非常に面白い一冊といえる。
映画評論家らしい、深い見識に立脚したマニアックなこだわりを感じさせる批評は、やや曲解ととられかねない強引さもあるが、黒澤作品に対する愛と感じることが出来る読者にとっては微笑ましく感じられるのではないだろうか。(例えば「野良犬」で出てくる警察の書類倉庫と、「赤ひげ」の薬棚に、三船の存在感の出現と終焉を重ねる、などという指摘は、よく映画を見ている、ともいえるし、そうかなあ、と感じさせる部分もある) 個人的に意を強くした、非常に納得ある批評は「赤ひげ」である。共同脚本家だった小国氏から「あの三船(の「赤ひげ」に関する人物造型)は違うぜ」と言われた事を黒澤さんはその後も悩んでいたというが、三船の圧倒的な強い赤ひげ像は、原作とも黒澤監督の本来の演出意図とも違い、やや強く家父長的すぎたというのは定説だが、この時点で既に国際スターだった三船を黒澤監督がコントロールできず、それまで不安定で成長過程にある存在を表現してきた三船が、完成されて権威となった時点で黒澤監督の映画の中での役割を終えていったという指摘は鋭いと思う。 以降、二人は交わらなかったが、運命としてその機会を逸した不運もあるが、役割論からいっても、あの強い三船像のままでは、黒澤作品の中では立場がなかったのかもしれない。 お二人とも、成長し、その年代で変転していくのは当然であり、その過程で16本もの優れた作品を残してくれたということは奇跡であるし、日本のみならず世界の映画ファンはこの二人の邂逅に改めて感謝しないといけないと痛感した。 |
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