大和路・信濃路 (新潮文庫)
「くれがた奈良に着いた。」で始まる「大和路」の文章。当時の大和路は、今では感じることのできない雰囲気を持っていたのがわかる。時代は戦争でざわざわとしているが、そんなこととは無縁の静けさを保っている。ひとつひとつの言葉が宝物のように心に染みいり、何度読み返しても飽きることのない名作。
死者の書・身毒丸 (中公文庫)
大津皇子の魂のみが棺の中で後年復活し、藤原の郎女と交感する。悲劇の皇子は日本神話のアメノワカヒコと重ね合わされる。「死者の書」は当麻寺の中将姫伝説に基づく小説だそうだが、「ふ〜ん…」という感じで、通り過ぎて行ってしまった様な読後感。冒頭で、大津皇子の魂が復活するシーンから始まるので、歴史奇談的な展開を図らずも期待してしまったせいか。旧かな遣いも読みづらい。
銀河鉄道の夜 (ぶんか社文庫)
この本を初めて読んだのは、小学4年生か5年生のときで、学校からの帰り道でした。どうしてそんなことになったのか、とにかく家に向かって歩きながら、分厚い本を広げて読んでいたのを、はっきり覚えています。歩きにくいし、本だって読みにくいのに、それでも話の世界に引き込まれて、えんえん家に着くまで読みつづけていました。家に着いて、イスに落ちついて、つづきを読みつづけて、とうとう読み終わったときにはたまらなく切ない気持ちと、星空と夜の印象が強く胸に残っていました。けっしてほかにはない、とても特別な夜空の世界。宗教的な意識に関わる会話なんかも現れたりしますが、それが本懐というより、もっと核心に触れようとする旅の物語で、なにより物語そのものと、独特な世界観に打たれます。きっと何かが鮮やかに残る、未完の物語です。